犬の幸せとは一体なんなのかを改めて考えた旅

こんばんは。らしくらしのalissaです。

 

無事、バリ島から帰国しました!
バリではひたすらにホテルでのんびりし、ひたすらに海を眺め時間を忘れるという
一番贅沢な過ごし方をさせてもらいました。

 

私が海外旅行が好きな理由の一つとして

「自分の中にある固定概念や常識を一度壊すことが出来る」

があります。

 

どうしても毎日同じ場所にいて同じ生活リズムで同じような情報をとっていると
いつの間にか、その自分の周りの「常識」や「当たり前」に囚われてしまい、
もはや最終的に自分が「常識」や「当たり前」に囚われてしまっていることすら分からなくなることがあるからです。

 

それが決して 悪いことだとは思わないですが、
私自身、その状態に陥って「自分らしさ」を失ってしまい、そこから抜け出すのに
結構な勇気と時間を使ったなという経験があるので、それからはこまめに「自分の常識外」の世界を自ら覗くように意識しています。

 

今回のバリでも、改めて「日本という国自体が世界から見たらとてつもなくマイナーな国だな」と感じました。
私はこれを感じるのがとても好きで。
これを肌で感じるだけで、自分の悩みとかものすごくちっぽけなことに。

 

そんな中で、今回改めて考えさせられたのは「犬の幸せってなんなのか」ということです。

 

らしくらしが大事にしている信念でもありますが、

「お利口な犬ではなく、幸せな犬を増やしたい」

 

この「幸せな犬」ってなんなんだろう…。と。

 

バリで見かけた犬達。
もちろんリードも何もなく、日本では所謂「野良犬」もしくは「外飼い」と言われるであろう犬達。

印象的だったのは、ある家の外のベンチで楽しそうに談笑してる小学生くらいの少女が3人。
そしてその側で、気持ちよさそうに昼寝をしている犬が2頭。

 

私達がその前を通り過ぎると、その内の1頭がのそりと起きて、
少し距離を置きながらしばらくついてきました。

 

しばらくついてきて、「どうも特にこの人間はご飯をくれなさそうだ」と判断したのか、
途中でピタリと歩みを止めて、その場でリラックスモードに。

私達ももうしばらく歩いてUターンし、今度は道路を挟んでその犬の前を通り過ぎました。

今度はただこちらを見ているだけ。

そしてゆっくりとまた女の子達のもとに戻り、寝そべっていました。

 

これを見た時にすごく不思議な感覚に陥りました。

「人と犬が共存している」って本当はこういうことなんじゃないの?って。

言葉にするのは難しいですけど、

地球を単純に一緒に使っている、というような感覚。

 

日本で言われている「人と犬との共存」という言葉にも、実はかなりの固定概念がこびりついている、ということに改めて気付かされました。

「人と犬とが共存」するためのしつけ…。

しつけ…。しつけ…。

犬の幸せ...。犬らしさ...。ぐるぐるぐるぐる。

 

おそらく「犬のしつけ」という概念がほとんどないはずの女の子達。
でも、ちゃんと共存しています。

そしてその犬は不幸なのか?

いや、あんな穏やかな顔をしていて不幸なわけはない。

 

とは言え、この日本社会ではバリで暮らす犬のようには残念ながら暮らせないですから、比較する話でもないのかもしれませんが。

 

でも、日本社会の中だけで語られる「人と犬との共存」とか「犬の幸せ」とか「犬のしつけ」の情報だけで物事を考えるよりも、

 

人と犬との共存って本当はこういうことを言うんじゃないの?って言うことを頭の片隅に置きながら日々犬の幸せを考えるのは全く違う結果に繋がるのではないのかなと思いました。

 

今回の旅でいいきっかけをもらったので、私も改めてぐるぐると考えてみたいと思います。